イデオロギーの衰退 2
既得権益の擁護を前提とする開発事業の原案の「承認」要請は、「地元の繁栄」という統合シンボルの虚偽性を見抜いてしまいます。
また、開発にともなう利益の分配をめぐる争いはより醜悪となり、「同意」はさらに形骸化するのです。
利害の波及効果がより一層錯綜する社会・経済状況のなかで・・・
利害当事者の確定は一層困難になり、従来の方式による利害当事者の確定自体が争点化します。
(例えば交渉における地権者のほかに新たに周辺住民卸という地元の出現など)。
さらに、都市型生活様式の一般化は、核家族化による自己救済力の低下とあいまって、旧来の表出ルートを経由しない不満や要求の多発を促します。
これに対する社会的な抑制や制裁のメカニズムはほとんど無力化したといってよいでしょう。
・・・こうして、争うのはいけない、みんな仲良く、みんな一緒という「和のイデオロギー」は、その神通力を減衰させることになったのです。
いまから振り返ってみると、自治省が事務次官通達で『コミュニティ(近隣社会)に関する対策要綱』を発し、「モデル・コミュニティ」づくりの補助事業を開始したのが昭和46年であったことは、それなりにタイミングが合っていたのです。